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◆ 「春をはこぶコンサート Vol.5」 インフォメーション |
◆ 「春をはこぶコンサート Vol.5 ご案内」 伊藤恵 |
◆ 「めぐり来る春と共に伊藤恵を聴く」 片桐卓也氏 (音楽ジャーナリスト) |
もしかすると僕は伊藤恵の熱心な聴き手ではないかもしれない。しかし、彼女が何を弾くのか、録音するのか、といった情報はとても気になる。それは、同じ時代に生きて呼吸をしている演奏家が、いま何を考えてピアノに向かっているのか、それをより深く知りたいからである。そして僕のその欲求にもっとも近い答えを出してくれるピアニストが伊藤恵なのである。 彼女が「春をはこぶコンサート」として8年連続で続けている演奏会も、今回で5回目になる。僕は2002年の第4回目のコンサートにようやく参加することが出来たのだが、そこで聴いたシューマンのソナタ第1番は素晴らしかった。シューマンの1番は彼女の師であるライグラフ教授からみっちり仕込まれた作品である。もちろんそうした経験が彼女の演奏のバックボーンとなっていることは確かなのだが、単に長く弾いてきた経験と思い出だけで、この一筋縄ではいかない作品が弾きこなせるはずはない。僕がそこに聴き取ったのは、その経験を糧としながらも、日々新しい音楽的なイメージの発見に彼女が勤めてきた、その個人的な歴史のようなものを演奏の中に発見したからである。 シューマンの第1番は若さと野心に満ち溢れていて、一種の実験精神のなせる技というか、ピアニスティックな書法と作曲家自身のファンタジーが複雑に絡み合っている。それを技術的に完璧に弾いて解きほぐしてみせてくれたのはかつての「若き」ポリーニだったが、伊藤恵はシューマンの中に潜むファンタジーを可能な限り音として表現していくという正攻法で、この作品を解きほぐそうとしていた。そのひとつひとつのフレーズの考え方が、シューマンの作品を数多く弾いてきた人ならではの理解と共感に満ちていて、僕はその演奏を聴きながら、やはり音楽とは思考なのだと改めて感じた。 ピアニストにはもちろん技術的に高い要求が常につきまとう。しかし、もっとも大事なのは技術を使いこなすアイディアなのだ。その源泉は考えること、そしてそれを自分とピアノとの対話を通して聴衆に伝えること。伊藤恵はそれが出来るピアニストである。バッハからモーツァルト、ベートーヴェンを通って、シューベルト、シューマン、ブラームスへと通じる鍵盤楽器によるファンタジーの血脈の豊かさを、僕は伊藤恵のピアノを通して聴いて行きたいと思っている。
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